毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

学生時代を過ごした京都は別の街になっていました

十数年ぶりに京都へ行ってきました。

外国人の入国規制が緩和され、また観光客が増える前に新しくできた施設を見たくて。

まさかの梅雨明けで、連最高気温37度とか38度の中歩き回ってきました。

 

神社仏閣は変わっていませんが繁華街は全くの別物!

河原町四条に記憶にある店はなく、ほとんどが観光客相手の店になっていました。

南座でさえ、雰囲気が変わっていました。

更に、交通網の変化にはビックリでした。

私がいた頃は、京阪が三条、四条駅をようやく地下化したいたところ。

地下鉄は一路線か二路線だったと思います。

移動はバスが中心であとは阪急、京阪でした。

 

考えてみると京都に住んでいたのは約40年前。

私が今住んでいる田舎の街だってずいぶん変わったのですから、京都が変わるのも当然なのですが。

なんか京都って伝統をしっかり守って千年くらい変わらないイメージを勝手に抱いておりました。

懐かしさを感じることはなく、初めて訪れた街という気がずっとしていました。

私の時間はほぼ止まっていましたが、世間はどんどん動いていることを実感した3日間でした。