毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

母のやり口

連休にあれから初めて家に戻った。 姉と出くわしたことを思い出すと玄関を開ける気がしなくて、裏口から家に入った。茶の間のテーブルに私が赤ちゃんだった時の写真があった。昔見せてもらった写真館で撮った私の唯一の赤ん坊だった時の写真だ。私に持ってい…

真実が知りたい

姉の言葉を反芻する。 姉は、私と元夫との最初で最後の話し合いの時「なんで僕と結婚した」と怒鳴る声が聞こえてきたと言った。あの時、夫には別れる気がなかったと姉は断言した。私がかたくなに拒否していたと。 姉に言われて思い出した。 私は夫に怒鳴られ…

姉の言い分

正月に姉と2年ぶりに顔を合わせてから、1か月以上が過ぎた。まだ、気分は落ち込んだままだ。 2年前、「そんなにしんどいなら母の面倒は私が見る」と言ってくれた言葉を信じた私がばかだった。結局のところ、家を改修したり買い替えたりする金はないから母を…