毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

退職4か月目に思うこと

退職して4か月。働いていた頃がずいぶん昔のことのように感じます。

今月、人と会う約束はゼロ。私のスケジュール表は真っ白。

唯一書いてあるのは『本好きの下剋上』新刊発売日のみです(笑)

 

春先は時間の自由を謳歌しようと、天気のいい日はほぼ外歩きをしていましたが、さすがにこの暑さの中、街を散策する気にはなれません。

先月後半から、エアコンフル稼働で部屋におこもりすることが多くなりました。

 

部屋にこもって、読書をしたりこまごま家事をしたりするのは全く苦にはなりません。これまでも休みの日に一人で過ごすのは珍しくなかったので、1日中、誰とも話さなくても大丈夫だと思っていました。

働いていた時は家におこもりしていた反動で、出勤したら結構饒舌になっていました。今は話す相手が見つからず、お店の人と言葉を交わす程度です。

人と会話をすることが人間にとって必要なことだとしみじみ感じています。

会話をしないとボケるのが早いらしいな、とちょっと不安になりました。

 

でも、何か新しいことを始めよういう気にはならず、相変わらず過去を繰り返し思い出しては感情を波立たせ、無為に日々を過ごしています。

早く一歩踏み出さねば、という気持ちと何もしないでただ時間が過ぎていく流れに任せておけばいいじゃないかという思いとが交錯しています。

今を「神様が暮れたロングバケーション」とでも思って、何もしないことに罪悪感を抱えないようにしたいと思います。