毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

2018年のはじまり

 正月早々、母、姉とやりあった。年賀状を家に取りに行ったタイミングが悪かった。ちょうど玄関を出たところで姉と鉢合わせ。何も言わずにそのままスルーすればよかったのに、「いつになったら母を引き取ってくれるの」と聞いてしまったのが間違いだった。茶の間で母と姉、三者会談。何を言っても信じてはもらえない。つい感情的に言葉を荒げてしまった。

 「カウンセリングに行ってください」姉が笑顔で言った言葉とその時の顔が頭から離れない。

 散々な年の始まりとなった。