毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

3月の連休に続きまた保菌者が地方にコロナをまき散らす

今年は24日からGWらしい。

家にいよう、とこれだけ声高に言われても、移動する人がやっぱりいる。

新幹線、飛行機ともに9割減だそうだが、1割でも何万人って単位ではないでしょうか?

 

連日テレビでは、海や山、パチンコ、ジムと「この状況でも出かける人」を流している。

コロナが怖いから帰省する、という人もいるけどこういう人たちは、自分が保菌者かもしれないという意識はないんでしょうね。

 

感染してなくても、洋服やマスク、車の外装とか。感染者がいっぱいいる地域なら空気中のウイルスが付着しているかもしれないから、まだ感染が広がっていない地方に来てほしくないのに自分が感染しないことしか考えてないな、って感じました。

自分が他人にコロナをうつすかもしれない、って考えないのでしょうね。

自分のことしか考えない、他人のことを考えるってことを思いつかないのは、子どもの発想?

 

3月の連休では、そういう人たちが都市圏から観光に行って、4月になったらそこの感染者が急増。地方都市に感染が拡大した結果緊急事態宣言が全国に広がりました。

 

自粛でこどもがかわいそうだからおじいちゃんおばあちゃんのところへ。

なんて気楽に帰省して、ウイルス置いてくることになるかもしれないなんてこと想像できないんでしょうね。

それで、親がコロナに感染して重篤になったら「こんなことになるとわかっていたら行かなかったのに」なんて、と後悔するの?

それとも親が死んだらラッキーって気持ちで帰省するのかしら?

 

私の旦那様だった人も自分のことしか考えない人だったのかもしれません。

私がどれだけ傷ついていたかも全く気付かず、私自身がそれを信じてしまうほどに、自分に非はないと周りにアピールしていました。

 

僕が悪いんじゃないよ、何とかちゃんが悪いんだ、と声高に叫ぶ子どもの姿が目に浮かびます。

 

お互いに子どもだったのだと、ようやくわかりました。二人して互いを見ずに親を見ていた私たちは、二人とも母の言いなりだったのです。

 

コロナのように毒をまき散らしていることに、私は全く気付いていませんでした。