毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています

あけましておめでとうございます

除夜の鐘の音を聞くこともなく寝入り、目が覚めたら2020年になっていました。

毎日同じように時間は回っているのに、元日はやはり特別な日です。

 

父が死んでから信仰に目覚めた母に連れられ、就職してからの私の元日はお寺にお参りに行くことから始まりました。

朝早く起きて、トーストをかじりお寺に向かう。昼は家で簡単に済ませるか外食。夜になってようやくご飯を炊いて普通の食事をとる。

お正月らしさとは縁のない生活を何十年と続けていました。

 

一人暮らしを始めて、大根なますや煮しめなどおせちと呼べないほど簡単なものを作るようになりました。

日々、料理をして自分でもおいしいと思うものができると、こういうのを夫に食べてもらいたかったんだな。私の作ったものを食べて、喜んで欲しかったのだとしみじみと感じます。

 

母と暮らしている時も10年以上自分の食事は自分で作っていましたがその頃には全く起きなかった感情です。

母の存在がどれだけ私の心を縛っていたか、いえ自分で自分の心を封印していたかに気づかされました。

俗にいう女子力と呼ばれるものを無意識に封印していました。

 

一人で暮らして自分の巣作りをしはじめて、掃除も料理も洗濯も、行動を誰にも縛られない生活がどんなに気が楽かわかるとともに、これまでどれだけ強いプレッシャーを感じていたのかがわかりました。

 

これまで母が望むことを基準に行動していましたので、まだ自分が何をしたいのか、よくわかりません。

子なし50代、一人暮らしの正月休みは誰とも話をしない休み。始まる前は仕事に行かなくていいとウキウキしていましたが、1週間の休みを持て余しています。

年末はまだ掃除をしたり買い出しに行ったりバタバタして1日が過ぎました。年が明けると、するべきこともしたいことも思いつけず、1日中本を読んで過ごしています。

今日と明日は箱根駅伝で半日過ごします。

 

抱負というほど大仰なものではありませんが、今年は小さな楽しみを見つけることから始めようと思っています。