毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

モンスター派遣に世の不条理を考えた

今年から職場に派遣が入ることになった。

 

一人目は週の半分を休み即解雇。

次は資格はあるけど(その資格取得の際に学んだ)知識は一切ない、PCも使えない、働く上での一般常識もない専業主婦。

 

服装も言葉使いも家の延長?オン、オフ感が全くない。裸足に見える格好で仕事に来たのを注意しても、足を前に突き出し「はいてます」と反論。何を言っても反論。

 

どうして自分で勉強しないの、スキルがないのを自覚して家で勉強する時間作る努力しているの?と聞いたら、そんなこと覚えられるかと逆ぎれ。

「勉強を強要された」と社長に訴えていた。強要、って無理やりやらせることでしょ。やってないから強要にならないって言いたい…。

 

だいたいコピペも知らないのに、パソコンできるってどうして主張できるの?

それで事務職に応募するのは無謀、それを採用する会社にも問題あり?

 

このモンスター派遣へのストレスは、文字通り頭痛のタネ。孫悟空三蔵法師に経文を唱えられて、頭を締め付けられて苦しんだように、彼女がいる間私は頭痛に苦しみ、彼女が帰ると痛みが和らいでいったのでした。

 

で、つい、職場がつらいということはプライベートに問題がなくなったということだ。乗り越えられる力をつけたと仏さまが判断されたから、と考えている自分に気づき、骨の髄まで仏教の教えがしみ込んでいることに改めて気づかされた。

 

神様も仏さまも、乗り越えられない試練はお与えにならないそうだ。

 

ずっと、どんなに苦しくてもその言葉を信じていたけれど、自分の頭で考えることをできるようになった私は考える。

じゃあ、どうしてこの世の中に人生の落後者がいるんだろう、と。

私は、自分が悪いし離婚されても仕方がないとわかっていたから何も言えなかったけど一度も話し合うことなく離婚させられたことをまだ引きずっている。

 

噂のモンスター派遣の被害を自分が受けることになるとは思わなかったけど、結局自己中だったり、他人を顧みない人たちの犠牲になるのは、弱い人?優しい人?

自分勝手な人が幸せになるのがこの世の中の仕組みなのかしら?