毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています。

キスが強制わいせつ、時代は変わったpart2

就職して2、3年経った頃のことでした。

職場の飲み会に参加した後、車で帰ろうとすると(飲酒運転ではありません)相当飲んでいた先輩社員が帰る方向が同じだから家まで乗せていけ、と駐車場についてきました。酒癖、女癖の悪いことで有名な方でしたので、当然拒否。この後寄るところがある、とかいろいろ口実をつけたのですが、強引に車に乗ろうとしました。せめてもの自衛と「後ろの座席に乗ってください」と言ったのですが、知らん顔で助手席に乗り込まれました。

 

ともかくこの人を早く降ろしてしまおう、逃げるにはそれしかないと仕方なく車を発進させました。

 

警戒していたつもりでしたが信号待ちで車を止めた瞬間、肩を抱かれ無理やりキスされそうになりました。必死で抵抗し「信号が変わりました」と車を急発進。その後、幸いにも信号に引っかかることはなく、ほどなく先輩を家の近くで降ろすことができました。離婚して間もないときで、守ってくれる人がいないとはこういうことかと身に染みたことを覚えています。

 

しかし、これだけでは終わりませんでした。

 

翌日、出勤するといつもにこやかに挨拶してくれるAさん(女性)が顔を上げてくれません。少し先には昨日の酔っ払い男性(B)がいました。

 

もしかして、昨日のことを変な風に聞いてるのかと声をかけても無視。昼休みはいつも一緒に出掛けていたのですが、AさんはBに借りたゲームボーイをひたすらやっていて私と目を合わせようともしませんでした。

 

その日からBは声高く、私を仕事ができない奴とののしりはじめ、Aさんとその子分Cからはささやかな無視と嫌がらせを受けました。

仕事の質問をしても教えてくれない、お菓子を配るとき私だけ配らない、忌引きを有給休暇にされる、といった程度ですけれど、Aさんが異動するまで続きました。

 

Bが彼女にどんなことを話したのかはわかりません。ただ、後日、既婚者に手を出すことを非難するようなことを言われました。否定しようとしても私の話を聞いてはくれませんでした。

 

セクハラという言葉がまだない頃、世界は男に都合のいいように回っていたのでした。

女性も同意していたと勝手に思い込む。そんな昭和の理屈が今も通じると思っている人が最近たくさん報道されているように思います。