毒母育ちの私が家族のしがらみを棄てたあと

母に結婚生活を奪われても、文句ひとつ言わず母の面倒を見ることが自分に課せられた生まれてきた意味、と信じ人生すべてあきらめて生きてきました。自分の人生、自分のために生きてよかったのだと気づいてからの日々を綴っています

カウンセラーに会ってみた

昨年のことですが、友人に誘われて初めて、カウンセラーに会ってみました。

 

ゆっくりカウンセリングを受けた訳ではないのですが、私の第一印象を情熱的で包み込むような優しさを持っていると言っていただきました。私に愛される人はみんな幸せになれるんですって。思わず涙があふれました。

 

それは、ずっと私が理想とした姿かもしれません。

 

もしかしたら、夫が私を守ってくれていたらそんな女性になれたかもしれません。

今の私には、人にやさしくする余裕なんてありません。心にゆとりがなければ、優しさなんて出せません。

どんなに相手を気遣っても、受け止めてもらえなければむなしいだけ。優しさの泉なんて枯れてしまいます。

 

誰からも相手にされないと日々思い知らされながら生きていくのはきついものです。

だから、私に時々でも声をかけてくれる友人に感謝です。

 

自分が卑屈だとわかっています。でも、今の私は、自分に価値を見出せない。長所があるとは思えません。

私が輝いていられたのは、誰かが私を愛してくれていた時だけだっただから。

他人の基準で自分を判断すべきではないと頭ではわかっていても、私はいつも月のように太陽の輝きを受けてようやく輝ける人間なのです。

 

家族も、結婚した相手ですら、本当の私を見てくれなかったことをしみじみ考えさせられてしまいました。

 

この歳になって、カウンセリングを受けたところで何が変わるのかもよくわからなかったし、今後カウンセリングを受けるかどうかはわかりません。

ただ、離婚前にこういう人に話を聞いてもらえていれば、自分の精神状態がおかしいことに私自身が気づけたのかなとは思いました。

 

青学はやっぱり強い!

箱根駅伝です。二日間テレビの前を動きませんでした。

スタートこそ団子状態でしたが、2区で1位を奪ったと思ったら4区からはずっと首位独走。往路はふうん、という感じで見ていました。

復路は、3位争いとか10位以内に入るか否か、といったところにドラマがありました。

 

10区を走った創価の島津君、すごかった。8区あたりからシードになるかどうかのボーダー、10位11位の争いだったのに、たすきを受け取ったとたん、あったという間に差が開いて、次に報道されていた時には9位。すごい走りだったようです。

創価って1区は1位通過だったんですね。選手層に幅があるから順位が変動したのかな。

 

3位争いもはじめは明治と東京国際大、二人の並走だったのに、ラスト数キロで国学院追いついた。途中で帝京も追いついてきて4人の戦い。国学院がペースを支配しているように見えました。ラスト、4人が一列に並んだかと思うと一瞬で差が開き、国学院早い。来年の箱根が楽しみになる2年生の活躍でした。

 

ほとんどの区間区間新が出るハイペースの展開でしたが、二日間楽しませていただきました。子どもの頃、テレビを凝視していた父の気持ちが少しわかりましたわ。

あけましておめでとうございます

除夜の鐘の音を聞くこともなく寝入り、目が覚めたら2020年になっていました。

毎日同じように時間は回っているのに、元日はやはり特別な日です。

 

父が死んでから信仰に目覚めた母に連れられ、就職してからの私の元日はお寺にお参りに行くことから始まりました。

朝早く起きて、トーストをかじりお寺に向かう。昼は家で簡単に済ませるか外食。夜になってようやくご飯を炊いて普通の食事をとる。

お正月らしさとは縁のない生活を何十年と続けていました。

 

一人暮らしを始めて、大根なますや煮しめなどおせちと呼べないほど簡単なものを作るようになりました。

日々、料理をして自分でもおいしいと思うものができると、こういうのを夫に食べてもらいたかったんだな。私の作ったものを食べて、喜んで欲しかったのだとしみじみと感じます。

 

母と暮らしている時も10年以上自分の食事は自分で作っていましたがその頃には全く起きなかった感情です。

母の存在がどれだけ私の心を縛っていたか、いえ自分で自分の心を封印していたかに気づかされました。

俗にいう女子力と呼ばれるものを無意識に封印していました。

 

一人で暮らして自分の巣作りをしはじめて、掃除も料理も洗濯も、行動を誰にも縛られない生活がどんなに気が楽かわかるとともに、これまでどれだけ強いプレッシャーを感じていたのかがわかりました。

 

これまで母が望むことを基準に行動していましたので、まだ自分が何をしたいのか、よくわかりません。

子なし50代、一人暮らしの正月休みは誰とも話をしない休み。始まる前は仕事に行かなくていいとウキウキしていましたが、1週間の休みを持て余しています。

年末はまだ掃除をしたり買い出しに行ったりバタバタして1日が過ぎました。年が明けると、するべきこともしたいことも思いつけず、1日中本を読んで過ごしています。

今日と明日は箱根駅伝で半日過ごします。

 

抱負というほど大仰なものではありませんが、今年は小さな楽しみを見つけることから始めようと思っています。

 

2019年も今日で終わり

令和元年。

 

昭和生まれの私にとっては、3人目の天皇の時代になったということで。

さいころは、皇室アルバム(毎週日曜日に放送していた皇族の様子を紹介する番組)で今上天皇の成長を見てました。その方が天皇陛下になる時代まで生きているのがなんか不思議です。

 

私の「今年の重大ニュース」トップはやはり、令和になったことですね。

平成に変わるときは、前年から昭和天皇ご不調のニュースが流れたとたん日本国中が自粛ムードに包まれて、車の窓を開けて井上陽水が「お元気ですか」と話しかけるCMからセリフを消すくらい、自主規制が激しかったです。

今回はお祝いムード一色で、国中が沸き立った気がします。経済効果もすごかったんではないでしょうか。

 

賛否両論あった令和という年号も、何の違和感もなくなりましたし。万葉集ブームは一瞬で終わりましたし。

パソコン君が令和の読みを「ノリカズ」ではなく「レイワ」と変換してくれるように早く学習してくれればとは思いますが。

 

令和2年も私自身にとっては、何の代わり映えもない日々の繰り返しになるのでしょうがそんな日々に少しでも楽しみを見出していきたいと思います。

 

今年一年、ブログを読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

よいお年をお迎えください。

18年ぶりの十二国記

今年、「買ってよかったもの」と言えば、何と言っても『白銀の墟 玄の月1~4』

18年ぶりの「十二国記」新刊です。

10月、11月に2冊づつ出るのが待ちきれない!と思っていました。

 

読み始めたら止まらないのがわかっていたのに、じっくり読む時間が取れず、結局12月まで3か月ゆっくり戴国に浸っていました。

 

ストーリーについては、ネタバレになってはいけないので書きませんが、『魔性の子』でwho am I? 僕の居場所はここじゃない、と苦しみ、「冬栄」で驍宗のそばにいることを単純に喜んでいた戴麒がなんとたくましくなったことか。

 

魔性の子』を読んだのは、いつだっただろう?

NHKがアニメ化したのは2002年というから28年前・・・

うわっ、20代だ。

 

離婚した後、何も考えたくないと現実逃避していた頃に夢中になっていた本のひとつでしたか。

 

時は経つ。名作はいつまでも残っていく。

これからどんどん新刊がでるといいなあ。

 

 

3億で処女を売れる人もいるのに

今年の春先、どこかの国のトップモデルの処女にネットオークションで3億の値が付いた!と話題になっていた。日本の政治家が落札したと報じられていたけど、いまだに正体が話題にならないところを見ると本当は議員ではなかったのでしょうね。

 

いまだに売春が合法の国があることにも驚きましたが、この「シンデレラ・エスコート」というサイトではこれまでにもたくさんの美女が処女権を売って、億単位の取引をしているとのこと。

大学卒業して一流企業で定年まで働いて得る生涯給与が2億から3億というところでしょうか。それを一晩で稼ぐってすごいですね。

もちろん、どの人もすごい美人で魅力があるからそれだけの価値を認められたわけでしょうけれど。

 

ちょっとむなしくなってきました。

私の処女なんか、全く価値がなかったわけですから。美人でもなかったし。

それどころか男の人のこともセックスの仕方も何にも知らなくて、夫に見限られたのだから。

 

男の人にとって処女ってどういう存在なのでしょうね。

元夫に濃厚なキスをする夢を見た

なぜか私は彼の家の台所にいて、食器を洗っていました。

台所にある勝手口から奥さんと一緒に彼が帰ってきました。私は目を伏せて、奥さんの顔を見ないようにします。奥さんに続いて彼が家の中に入ってきました。

奥さんは家の奥に入って行き、彼が一瞬足を止めました。

私は食器を放り出し、彼に飛びつきキスしました。奥さんの気配は既にありません。

口腔を吸う感触、舌の動き、首の傾げ方まですごくリアルでした。

それは、彼とのファーストキスの記憶がよみがえっていたのでしょうか。

 

なんでこんな夢を見たのかしら?

久しぶりにネットで彼の名前を見つけたから?

それとも職場に私の夢を体現している女性がいるから?

就職するときに結婚相手が決まっていて、2年目で結婚。就職3年目、結婚1年とちょっとで妊娠。もうすぐ産休に入る彼女を見ていると、私が失った人生を見せつけられている気がします。幸せオーラにあてられたのかしら。

 

結婚当時、キスはおろか抱きつくこともできませんでした。

仕事をする彼の部屋へ行くたびに、ペンを持ったままの彼の指に何度触れたいと思ったかしれません。

だけど、彼が全身で私に発信していると感じたメッセージは「話しかけるな、そばによるな」とでした。

 

子どもの時に祖母からずっと受け続けていたメッセージです。

私はこれを拒絶オーラと呼んでいます。

小さいときから家族に浴び続けられたので、私はそういう空気にとても敏感です。

子どもの頃から父以外の家族に対しては、話しかけられた時だけ答える、用がないと話かけない習性ができあがっていました。

 

彼のそばにいてよかった頃は、幸せ過ぎて彼にも同じ態度を取り始めていたことに全く気付いていませんでした。

彼が母や姉と一緒に過ごすことが多くなるにつれ、少しずつ彼を家族とみなした私の心は、彼に対しても母や姉と同じように一挙手一投足を気にし、言いたいことを言えなくなっていったのでした。

 

結婚式から3か月、毎日夫に話しかけました。返事が返ってきたのはほんの数回。一言二言、言葉をかわせただけ。ゆっくり話をしたことはありません。二人で過ごしたこともありません。

私がそばにいると不快なのだ、存在を否定されているのだと感じ、心が折れてしまうには十分な時間でした。

なぜ、私と話をしようとしなかったのか、私に触れようとしなかったのか、今も私にはわかりません。

彼はなぜ私を妻として扱わなかったのか。永遠の謎です。